1.「誤って株を取得」は、単なる錯誤なのか、悪意があったのか?もちろん単なる錯誤であっても、また売却して利益を得ていないにしてもインサイダー取引には抵触はする。たった1日の違いが株の世界ではどれほど大きな違いになるのかを、上場企業の社長である田中氏が知らないはずがない。バルミューダは5月から10月までの役員報酬の全額返納、11月以降5カ月間100%の減給処分を田中社外取締役に下したが、これは甘すぎる。特にバルミューダにとっては、トースターや炊飯器に続く社運をかけた新商品発表がある日を間違えたとしたら、これは経営者失格であろう。少なくとも社外取締役は辞任すべきだ。
2.この事件があったのが5月13日であるのに、その処分発表が11月19日まで引き伸ばされたのは何故か?これは寺尾玄(てらおげん)社長の責任であろう。会社側は「適切に対応しなかった」として、寺尾社長の月額基本報酬を11月から3カ月間10%減額する。これも大甘な処分と言わなければならない。一般的に言って、日本の経営者はインサイダー取引に関しての認識が甘い。こうした事態は株主の不信を招き、投資意欲の減退につながる。特に一般株主が多いと思われるバルミューダのような人気企業にとっては致命傷になりかねない。
そもそも、このバルミューダが東京証券取引所マザーズ市場に上場したのは、昨年12月16日だ。公開価格は1930円だったが、初値3150円で、その日の終値は3850円。その時点の時価総額は297億8000万円だった。寺尾社長は上場記者会見で「グローバル企業になるべく今後は売上高を重要視して最速で最大化していく」と述べた。同社の設立は2003年。当初は空調家電が主力で2010年の扇風機「グリーンファン(Green Fan)」が大ヒット。さらに2015年からトースター、昨年11月17日は掃除機を発売していた。創業者寺尾玄社長は1973年7月25日、茨城県の農家に生まれた48歳。海外放浪やバンド活動を経て、独学で設計や製造を学んで起業した。新製品発表会での寺尾社長の姿がアップル創業者のスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)を思わせ、バンド経験やワンマン経営者(総株数の69.28%保有の大株主)ぶりがZOZOの創業者の前澤友作氏を彷彿とさせて、カリスマのオーラが全開。扇風機やトースターを愛用する一般投資家からも注目されたこともあって、上場後株価は過熱して、2021年1月21日には1万円を突破し1月26日には1万610円の最高値を記録している。
ちなみに上場後初の通期決算である2020年12月末決算は、売上高125億8700万円(前年比+16.0%)、営業利益は13億1700万円(同+22.9%)、経常利益は12億5200万円(同+19.5%)、親会社株主に帰属する当期純利益は8億3400万円(同+31.8%)というものだった。2003年設立の現在従業員約100人の家電メーカーとしては、実に立派な数字だ。しかし、よくよく見てみると、この時点での1株あたりの当期純利益は127.29円(決算短信参照)にすぎない。1株あたりの純利益のせいぜい20倍がその企業の妥当株価であるから、バルミューダの株価は2500円ぐらいが妥当で新興企業としての期待や寺尾社長のバイタリティと魅力をプラスアルファしても3000円ぐらいが適正価格だ。それがその3倍以上に買われたのだから、明らかに過熱していたのだろう。当然、かなりの利食い売りが出た。3月には株価は5000円台まで急落した。その後は持ち直して6000〜7000円台での値動きになっている。5月13日に発表された第1四半期の好決算や「バルミューダフォン(BALMUDA Phone)」でのスマートフォン市場参入という好材料は、翌日の5月14日金曜日から2週間ほどで株価を5000円台から7000円台まで推し上げたが、その後ふたたび株価は5000円台まで下がって、現在は5000円台を割り込んで年初来安値の水準まで下げている。スマートフォン効果はあまりなかったようだ。実際発売されてみると、スペックや10万円を超える価格問題もあるのか期待ハズレだったようだ。
さらに、同社の第3四半期決算が11月9日に発表されたが、売上高は前年比+36.9%だったが営業利益は4億3400万円で同−52.7%、経常利益は4億700万円で同−54.3%、親会社に帰属する四半期純利益は2億6700万円で同−55.6%と利益はすべて前年の半分以下の水準になってしまった。過熱した株価が最高値の半分になるのは正常だが、利益まで半分になってはどうも先行きがあやしい。
ここまで順風満帆に来たバルミューダだが、初の想定外の事態になっている。この逆境をはね返せるかどうか、寺尾玄社長の経営力が問われることになりそうだ。