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コムデギャルソンのDM戦略とは?今年はCris Marker

Feb 17, 2021.三浦彰Tokyo, JP
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第70回(2020年)ベルリン映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞したロシア映画『DAU.ナターシャ』(2020年 139分)が2月27日からシアター・イメージフォーラム、アップリンク吉祥寺ほかで全国公開される。ロシアの奇才イリア・フルジャノフスキー(Ilya Khrzhanovskiy)が監督した本作は、ソ連時代の地下秘密研究所を舞台に同所のカフェのウェイトレス、ナターシャが主人公になってソ連全体主義を再現するというストーリーで全体主義の狂気を徹底的に描き「史上最も狂った映画」とも呼ばれている。本稿は映画批評ではないので、これぐらいにするが、この映画の日本公開の紹介記事(Real Sound)を見ていて、「これ、2018年のコムデギャルソンのDMに1年中使われていたヴィジュアルだったなあ」と思い出した。その時は同社が当時サポートしていたロシア人デザイナーのゴーシャ・ラブチンスキー(Gosha Rubchinskiy)の関係で取り上げているのか程度に思っていた。

2008年あたりからコムデギャルソンはマスコミや客に送るDM(主に店のオープンや改装)に年間テーマとも言えるようなテーマヴィジュアルを使うようになった。このテーマ最終決定は創業デザイナーで社長でもある川久保玲が行い、DMのデザイン監修もしている。それは実に丁寧な仕上がりになっている充実した冊子である。このデジタル時代になんとアナログなことをやっているのかと思う方は、たぶんコムデギャルソンとは無縁だろう。時代遅れだろうがなんだろうが、「手作り」の手の感触こそ彼等の本質なのだから。

昨年は中世の肖像絵画がDMのテーマに選ばれていた。そして今年取り上げられたのは、「Cris Marker(クリス・マルケル)」。映画監督のクリス・マルケル(1921.7.29〜2012.7.29)である。フランスの作家、写真家、映画監督、マルチメディアアーティスト、ドキュメンタリー作家とwikipediaにはある。知る人ぞ知る映画監督で特に有名な映画作品には『ラ・ジュテ』(1962年 28分)があり、第三次世界大戦後のパリで生き延びた人々が「支配層」と「奴隷」に別れて暮らす様子を「フォトロマン」という手法で描いた映画だという。またゴダール、アラン・レネ、クロード・ルルーシュ、アニエス・ヴァルダ、ウィリアム・クライン、ヨリス・イヴェンスなどに呼びかけて製作したオムニバス映画『ベトナムから遠く離れて』(1967年)は私が見ている唯一のマルケル映画だが、最もよく日本では知られている。反戦と反体制が、第二次世界大戦ではレジスタンス運動に参加していたマルケルの基本姿勢だ。またドキュメンタリーというジャンルの限界を広げたと言われる『サン・ソレイユ』(1982年)では、日本、アフリカ、記憶と旅をテーマに、エッセイ、モンタージュ、ドキュメンタリーの断片、それに哲学的コメントが混在するスタイルが高い評価を得ている。『DAU.ナターシャ』のように近々にマルケルの回顧上映が開かれるかもしれない。

この時期に「なぜ、クリス・マルケル」なのかと川久保に尋ねてみたいものだが、まあ答えは分かっている。「いいと思ったから」。おそらく菅義偉首相みたいな答えしか返ってこないだろう。

勝手に解釈するならば、反体制はアヴァンギャルド(前衛)デザイナーの根本原理みたいなもので、これはヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)にしても同様だ。そのデザインは決してアヴァンギャルドではないが、アニエス・ベー(Agnis B)や故ソニア・リキエル(Sonia Rykiel)などもそうした反体制の姿勢を貫いているデザイナーだった。最近のデザイナーは、大手資本の傘下にいてその傭兵化してしまったこともあるが、政治的メッセージを発しなくなっているようだ。政治的と言っても、それが社会主義・共産主義的なものであるという意味ではなく、偽政者・権力者は必ず腐敗し、資本家は利潤を追求するために必ず暴走するから常に警戒し批判すべしという態度のことだ。

もうデザイナーは、ただデザインとしてメッセージTシャツを作っている時代なのだ。こういう時代では、「前衛」を守り続けるデザイナーなんて時代遅れの妖怪みたいに思われかねない。コムデギャルソン社から送られて来る「Chris Marker」DMを見ながら、もう最後の砦になったかもしれない「前衛」を守り抜く川久保玲に想いを馳せるのである。今年もそのDMを楽しみたいと思う。

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