ECモールのストライプデパートメントは、百貨店向けEC支援サービス「ダース(Daas)」で長野県松本市の井上百貨店と業務提携し、3月30日からこのEC支援サービスを始めるという。繊研新聞(3月18日付)によると、井上百貨店の井上保社長は「今回の業務提携でオンライン上での幅広い商品サービスの提供が可能となった。実店舗では対応しきれない多様なお客の需要に応え、より身近なきっかけとなることを期待している」という。
「ダース」は2019年9月にスタートし、ECビジネスの構築が遅れている百貨店に対して支援サービスを行っている。繊研新聞によると1日24時間体制で百貨店ECサイトの運営を代行し、約1000ブランドを揃えている。2021年3月時点で全国12の百貨店を支援しているという。
松本市を拠点にする井上百貨店の名前は知っていたが、どういう百貨店なのか調べてみると:1885年創業で百貨店協会加盟。非上場企業。松本駅前の本店の他にギフトショップの「ライフ井上穂高店」(安曇野市)、土産物売店の「井上エアポート店」(松本空港内)、ショッピングセンター「アイシティ21」(東筑摩山形村)などがある。年商は118億8000万円(同社の会社案内による)。従業員数240人。井上保社長は松本商工会議所会頭。
典型的な地元百貨店であり、地元の名門企業なのであろう。新宿から特急あずさで2時間30分。松本市の人口は23万人だが、その人口にして年商118億円というのは大したものだと思うが、今後この百貨店に未来はあるのだろうか。普通に考えれば少子高齢化の影響をもろに受けそうな百貨店ではある。ここで「ダース」の効果で、井上百貨店を経由する売り上げが急拡大するようにはとても思えない。ECを利用するような顧客ならとっくの昔に、自分の欲しいブランドのECサイトと繋がっているように思う。漫然と「自分の欲しいものは何か?」とECモールを漁っているような消費者はほとんどいないのではないか。その程度に目的が不明瞭な消費者は、従来の井上百貨店での買い物で十分なのではないだろうか。
「ダース」で扱っているブランド数は1000ブランド程度だというが、自分の欲望の実態をよく知っている選択的消費者にとっては、この数はまるで少なすぎる。今どき「なんとなくECでモノを買っている消費者」というのはあまり存在しない。今回の井上百貨店の「ダース」導入は、「あなたのモヤモヤとした消費欲求にジャストフィットするような商品提案の可能性を広げました」ということなのだろうが、今どきの消費者は自分の消費欲求が何なのかについてはかなりハッキリした実像を持っているのである。ECでしているのは主に価格比較である。
地方百貨店が「ECこそ今のコロナ禍時代の救世主」という謳い文句に乗って、その導入をしようという気持ちは分からないではないが、結果は見えているように思う。もっと地方百貨店にやるべき課題があるように思うがどうだろう。簡単に言えば、外商サービスの徹底というようなことだろう。1万世帯の「買い物は井上百貨店でしかしない」VIPカスタマーがいるとすれば、その1世帯が年間100万円の買い物をすれば100億円の売り上げがあるわけで、その100万円のためならどこにでも行って調達するぐらいの気迫があれば百貨店商売というのはどこでも成り立つわけで、これはもう「御用聞き」商売である。
2020年5月に競争激化を理由に本店を閉店し、後継店としてサテライト店開設を発表していた横須賀の地元百貨店さいか屋(1872年創業)が、2020年12月に当初の発表から一転、一時閉店を経て現本店での営業再開を発表。2月21日に一旦閉店したものの3月6日に「さいか屋横須賀ショッピングプラザ」の愛称で再オープンした。横須賀市民から存続を求める声が相次いだのが、再オープンの理由だったという。もちろん従来の売り場(地下1階〜地上6階)から地下1階〜地上4階へ縮小した営業にはなっているが、そうした地元住人との熱い絆がないと今や重要文化財的な存在になってしまった地方百貨店・郊外百貨店には生き延びる道は残されていないように思える。