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足利の「渋谷スクランブル交差点」で笑いのめす「ダブレット」

Jan 26, 2022.三浦彰Tokyo, JP
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「ダブレット」の2022年秋冬コレクション(PHOTO:島村幸志)

あるファッション業界人と話していたら、1月21日にファッション業界関係者を東京から専用バスに乗せ、2時間半かけて栃木県足利市まで連れて行って、ファッションショーを行ったブランドがあったという。そこには渋谷のハチ公前広場とスクランブル交差点が再現されていたという。「これって、アナタが言っている『そこまでして、ファッションやりますか?』ってヤツの典型じゃないんですか?」とニヤニヤしながら問いかけてきたのだ。そのブランドとは、「ダブレット(doublet)」。デザイナーは井野将之。すでにYouTubeにそのショーの模様がアップされていた。ファッションジャーナリストやらバイヤーをバスで2時間半も移動させ丸1日潰させてまでショーを見せるなんていう「暴挙」をするのだから、確かに「そこまでしてファッションやりますか?」ではある。かつてのラグジュアリーブランドのミステリーイベントややはりバスで栃木の大谷石の採石場まで連れて行ってショーを行った山本寛斎などが思い出される。余程自分のファッションに自信があるのか、単なる金余りのファッション呆けだろうと、YouTubeを覗いてみたら、これが悪くないのである。

セットもイタズラ書きに至るまで渋谷ハチ公前広場をかなり精緻に再現していたという。しかも肥満体の女性もいれば、身障者も登場する。なぜかアンチ・サステナブルの代表アイテムの毛皮を多用。モデルは素人なのだろうが全員がバーチャルヒューマンimmaちゃんマスクを着用して顔は同じに見える。多様性に反旗なのか。そして、90年代にコギャルが闊歩して一大ムーブメントを創出した「渋谷」のなかなかよくできたコピー。90年代はファッションが存在を主張した最後のディケイドだったかもしれない。なんともそこには刺激的なファッションワールドが足利の夕暮れに現出しているのだ。これはかなりしたたかなデザイナーではないか。もう、ファッションショーなんていうものに期待するのも愚かと思っていたが、このセンスは捨て難い。昨年6月には三鷹のオーガニック農園をショー会場にして、パンクファッションを展開して世のサステナブル一辺倒に疑問を呈し、笑いのめしたという。ここにあるのは、独特な笑いのセンスである。シニカルではあるが、かといって「サステナブル」「多様性」を全否定するわけでもない。

日本映画でもそうだが、もう「シリアス」では映画が成立しなくなっている。その成功作のほとんどはなんらかの「笑い」と通底している。TVを占拠しているお笑いタレントたち。もうこの沈みゆく日本で何かを表現するとすれば、多種多様な「笑い」をベースにするしかないというのに井野は気付いたのではないか。

2018年6月に第5回LVMHヤングファッション大賞のグランプリをアジア人として初めて受賞して、「ダブレット」の名前は一躍有名になったのだがグランプリ受賞の決め手になったのはカップヌードルの中に入っているTシャツが圧縮されて入っていて、これを水の中に入れるとTシャツに戻るという作品。「Don't use hot water!」という注意書きがある。このカップラーメンTシャツに加えて、ハンガーの形に圧縮したTシャツを見た審査員の故カール・ラガーフェルドが「がははは」と笑ったという。これを見て、「あわよくば笑いを」と思っていた井野は達成感に満たされたという。「笑わしてやろう」「驚かしてやろう」という過剰なエネルギーが井野のファッションの根底にある。

こういう行き方をしたファッションがなかったわけではない。例えば2006年にアンダーウェアブランドとしてスタートした「ガッツダイナマイトキャバレーズ(GUTS DYNAMITE CABARETS)」などの先例はある。が、「ダブレット」はもっと社会の中でファッションを考えている。常に時代とともに生きている存在としてのファッションがそこにある。そして「笑いのめす」のである。これは面白いブランドが現れた。

井野がブランドを始めたのは2012年。今年でちょうど10年。井野は苦労人らしく、1979年前橋生まれの42歳で決して若くはない。東京モード学園卒業後、浅草のベルト工場、三原康裕に師事して修業を積んで独立。たしかにポッと出の若手と違って、ファッション・ボキャブラリーもかなりありそうだ。

次は何をしてくれるのだろうという期待を抱かせるブランドというのはそうそうないものである。これなら2時間半かけて、空っ風の吹く厳寒の足利で行われるファッションショーにも出掛けたくなるというものである。誰も「そこまでして、ファッションやりますか」なんて言わないだろう。「ダブレット」とは、「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」で知られるルイス・キャロルが考察した文字の変形パズル。ひとつの単語の一文字を変えて別の単語にするゲーム。TEA→SEA→SET→SOT→HOT→など。なかなか洒落たブランド名を見つけたものだ。この男、知的な側面も見逃せない。井野の一文字変えゲームがいつまで続くのか、見届けたいものだ。

 

 

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