バーバリー社の現CEOであるマルコ・ゴベッティ(Marco Gobbetti)は2021年末で退任し、退任後はサルヴァトーレ フェラガモ社のCEO兼ジェネラル・ディレクターに就任する。
ビッグブランドのCEOが退任するのは、業績が悪化しているときだと相場は決まっているが、今年5月に発表されたバーバリー社の2021年3月期は、売上高が前年比0.9%減の23億4390万ポンド(約3609億円、1ポンド=154円換算)、営業利益は5億2110万ポンド(802億円)で前年比176.1%増、純利益は3億7590万ポンド(約578億円)で前年比209.1%増だった。コロナ禍で受けたダメージを見事にリカバリーした内容だった。
ゴベッティも退任に関するインタビューで「このブランドは盤石であり、今後成長していくのは確実だ。退任するには良いタイミングだと感じている」と話している。
ゴベッティがバーバリーCEOに就任したのは2017年1月だった。5年間でゴベッティがなし得た最大の功績は「ジバンシィ(GIVENCHY)」のクリエイティブ・ディレクターだったリッカルド・ティッシ(Riccard Tisci)を「バーバリー(Burberry)」にスカウトしたことだろう(2018年)。
そもそもティッシを「ジバンシィ」にスカウトしたのは当時同社CEOだったゴベッティだ。これでティッシは本格的なキャリアをスタートしたのだった。またイタリア人としての共感が「ジバンシィ」入りを決めた大きな要因だったろう。創業デザイナーのユベール・ド・ジバンシィ(Hubert de Givenchy)の後、そのチーフデザイナーは、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)、アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQUEEN)、ジュリアン・マクドナルド(Julien Macdonald)が務めていたが、ティッシは、前任のマクドナルドで低迷に陥っていた「ジバンシィ」を復活させたと評価されていた。
ゴベッティのそもそものキャリアのスタートは「ボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)」のコマーシャル・ディレクターだった。その後「ヴァレクストラ(Valextra)」を経て、彼の名を業界に轟かせることになるモスキーノ社に入社。1993年から2004年まではCEOを務めた。盟友と呼ぶにふさわしいデザイナーのフランコ・モスキーノ(Franco Moschino、1950〜1994)とのコンビで、ファッション業界に風穴を開けたのである。ファッションの世界の欺瞞を「ファッションシステム」と命名して、風刺とウィットに富んだファッションを発表したモスキーノはファッション界のスターダムにのし上がった。1990年代に日本でも「モスキーノ(MOSCHINO)」のライセンスビジネスは広く展開されていたが、あるライセンシーが私にこうこぼしていた。「いやぁ、あのゴベッティにかかっては、ロイヤリティをたんまり持っていかれて、全然儲からないよ」。辣腕のビジネスマンだったのである。
同志モスキーノが病魔に侵されて44歳の若さで鬼籍に入った後、モスキーノ社のCEOを10年続け、前述したLVMH傘下の「ジバンシィ」のCEOに2004年スカウトされた。その時に半蔵門の「ジバンシィ」の日本オフィスで初めてゴベッティにあった。
「あなた、ロバート・デ・ニーロ」にそっくりですねと言うと、「そうなんだよ。よく言われるんだよ」とまんざらでもなかった様子。フランスのオートクチュールメゾンの「ジバンシィ」でうまくやっていけるのかと思ったらリッカルド・ティッシを連れて来て、失地挽回に成功した。
その功績が認められLVMHのグループ内人事異動で2008年に「セリーヌ(CELINE)」のCEOに転じた。「クロエ(CHLOE)」からフィビー・ファイロ(Phoebe Philo)をスカウトして、「ラゲージ」や「カヴァ」のハンドバッグで「セリーヌ」の黄金時代を築いたのはまだ記憶に新しいところだ。まさにラグジュアリーブランドビジネスの核心を知る男になったのである。とにかく、デザイナーを見る眼の確かさとクドキ上手が身上である。
そして、クリエイティブ・ディレクター兼CEOのクリストファー・ベイリー(Christopher Bailey)が退任後の「バーバリー」のCEOを2017年から受け継いだ。まだ本物のラグジュアリーブランドとは言い切れなかった「バーバリー」だったが、完全にその仲間入りをしたと言えるのではないだろうか。
今回のサルヴァトーレ フェラガモ社CEO受諾の理由として、ゴベッティは、「イタリアに戻り家族と過ごしたい」と話している。思えば、モスキーノCEOを辞して、「ジバンシィ」に4年、「セリーヌ」に9年、「バーバリー」に5年。パリとロンドンという「異国」で18年も凄腕を発揮したゴベッティもすでに60歳を過ぎた。母国イタリアが懐かしくなっても不思議ではない。そして、自国に戻ってもうひと仕事するには「フェラガモ」は格好のブランドではないか。ゴベッティがどんなマジックを見せてくれるか今後が大いに楽しみである。