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松田聖子からEXILEまで、日本のタレントブランド変遷史

Jun 20, 2018.久米川一郎Tokyo, JP
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KITANOBLUE

ビートたけし(本名:北野武)は、株式会社GONZOから自身がプロデュースするアパレルブランド「KITANOBLUE(キタノブルー)」を設立し、5月17日に東京のTRUNK(HOTEL)内の「ONDEN」で記者発表会とローンチパーティーを開催した。「KITANOBLUE」は7月から百貨店やセレクトショップで発売される予定で、オフィシャルサイトでは予約受け付けを開始している。発表会は華々しく行われたが、その後注目されている様子はない。過去にはツービート時代に、ドン小西(本名:小西良幸)のブランド「FICCE UOMO(フィッチェ ウォーモ)」のニットを着用していたことで「FICCE UOMO」人気に火がつくということもあったが、現在のビートたけしファンにファッション好きがいるとは思えず、厳しい売上が予想される。

タレントブランドのはしりとしては、1988年にオープンした松田聖子プロデュースショップの「フローレスセイコ」があげられる。多くのタレントショップが閉店するなかで多くのファンに支えられており、オープン当初のピーク時には大行列ができて年商20億円をマークするまでになった。しかし新事務所を立ち上げ独立したことが関係し、2014年に「felicia club by SEIKO MATSUDA(フェリシアクラブ バイ セイコマツダ)」にリニューアル。松田聖子自身が気に入ったというフライパンやキッチン用品などのセレクト商品が多く並ぶようになり、オリジナル商品の品揃えが少なくなったことでファンをがっかりさせた。2017年8月には長年店を構えていた自由が丘から表参道に移転。オリジナル商品の数は前よりも多くなっているようだ。

タレントがプロデュースしたアパレルブランドで成功している例として、まずは若槻千夏があげられるだろう。若槻千夏は2009年5月に「w♥c(ダブルシー)」を設立。WEGOが手掛けており、売上も急激に伸びて店舗数も増え好調であったが、2013年1月にデザイナーからクリエイティブアドバイザーに降格。その後作りたいものが作れなくなったという理由で、2013年8月に完全にブランドから退いている。また、神田うのも株式会社グンゼの下着ブランド「Tuche(トゥシェ)」からストッキングをプロデュースし、現在は販売を終了しているが、あるセットは1200万セットを売り上げたと言われている。300万セット売れたらヒット商品と言われるこの業界では驚異的な売り上げである。神田うの自身が芸能人にサンプルを配ったこともヒットした理由の一つのようだが、機能性とデザイン性を兼ね備えたストッキングはOLの心を掴んだ。

最近の成功例では、EXILEが所属するLDH JAPAN(エルディーエイチ ジャパン)社のグループ会社であるLDH apparel(エルディーエイチ アパレル)社がある。「24karats(トゥエンティーフォーカラッツ)」や「FULL-BK(フルビーケー)」、EXILEのNAOTOがクリエイティブ・ディレクターを務める「STUDIO SEVEN(スタジオ セブン)」など、8つのブランドを展開している。現在のヤンキー文化が背景にあり、簡単に人気は衰えそうにもない。

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