
パリメンズファッションウイーク始まって以来の大規模なショーかもしれない。6月20日、ファレル・ウイリアムが「ルイ・ヴィトン」メンズのアーティスティック・ディレクターに就任して初のショーを行った。
会場になったのはなんとポンヌフ橋。交通を遮断し、橋の両サイドが観客席になり、ランウェイとなった中央は黄金色のダミエ柄に敷き詰められている。まだ明るかったショー開始予定時刻の午後9時半を45分も過ぎ、
夜のとばりが降りた10時15分、最初のモデルが登場すると、ちょうどバックステージ的な場所に位置する「サマリテーヌ・パリ・ポンヌフ百貨店」が夜空に浮かび上がる。19世紀に人気だった同百貨店は、LVMHグループが2001年に買収し、老朽化のために長く閉鎖されたのち2021年によみがえった。今では賃貸住宅、託児所まで併設している。ちなみにリノベーションを請け負ったのは日本人の妹島和世と西沢立衛によるSANAAだ。
ロケーションも素晴らしいが、音楽も凄い。夜空に響く楽曲の演奏メンバーには世界的人気ピアニストのランランの顔も見える。まさに、LVMHグループ総力を挙げてのデビューショーである。
そんな中、まっすぐに歩いてくるファーストルックは、ベージュ色のスリーピースセットアップ。パンツが膝丈、足元がブーツとはいえ、ダミエ柄のタイをきりりと締めたダブブレステッドジャケットは爽やかな印象だ。また小脇に抱えたバッグのLV柄は、まるでクレスト(紋章)柄のように見える。そう、LVの文字がトラッド的に再解釈されているのだ。
そして目につくのはダミエ柄と迷彩柄を合体させた「デジタル迷彩柄」。グレー系のスーツやブルゾンもあるが、カーキ系の色彩が最も多い。すなわち本来のカムフラージュの色を多く使ってはいるのだが、柄の持つ戦闘イメージを消し、ポップに表現し直したわけで『ハッピー』を大ヒットさせたファレル・ウイリアムスならではの平和なマインドを感じさせる。
ソフトな反戦服、と言ってもよいだろう。シューズも幼い子が履くようなメリー・ジェーン型や、動物の爪のようなものがソールからのぞく「動物足シューズ」まで登場した。
しかし、コレクション全体には色数が少なく、それどころかワントーンコーディネイトなど、ミニマルなトーンでまとめられており、天才的な色彩感覚でポップなコーディネイトを常日頃見せているファレルのイメージを裏切るものだ。同時に、それだけにどのアイテムも、「本当に着られる」リアルなものになった。ブルゾン、コート、ジャケット、いずれのデザインも奇をてらわず基本に忠実なのだ。デニムのデジタル迷彩のセットアップなど、
人を選ばず誰もがセンス良く着られる「便利服」になるに違いない。
実はファレルは、2003年、NIGOとビリオネア・ボーイズ・クラブを立ち上げるより以前に、パリメンズファッションウイークで独自のショーを見せたことがある。その時にはやはりファレルの一般的なイメージとは違うダークなトーンの英国調ジャケットなども見せ、本人が最後に山高帽をかぶりタキシードを着て現れたと記憶している。
つまり、前アーティスティック・ディレクターだった故ヴァージル・アブローよりもはるか以前からファッションに強い関心を持ち、実際に服作りまで手掛けたことがあるのだ。現在見られる多くのコラボと、今回のルイ・ヴィトンでの起用はその延長線上にあるものだろう。
ショーのフィナーレにはゴスペルの響きの中で、ファレルは観客すべてに拝むようなポーズで何度も感謝を表した。そして、スタッフ全員にもポンヌフ橋のランウェイを歩かせ、また彼らにも感謝を見せた。
あくまで謙虚で多彩な男は、ついにファッションの「真打」に躍り出たのだ。