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ネクスト「+J」に足りないものとは?ウィメンズ新ライン「ユニクロ:シー」の未来予想図

Sep 19, 2023.北條貴文Tokyo,JP
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事件があるならば「ユニクロ(UNIQLO)」は春夏よりも、もっぱら秋冬。9月1日付でアナウンスされたユニクロ社の新社長就任人事(ファーストリテイリングの新社長ではない)とともに、繊維・アパレルとファッション業界を揺るがす事件のひとつが、記者会見の2日後の9月15日に発売された新規のウィメンズライン「ユニクロ:シー(UNIQLO : C)」だ。

予定稿を書き終え、確認のために会見に向かう取材記者にとって、現場でのサプライズは歓迎されないものであることが多いが、9月13日に催された「ユニクロ:シー」のローンチ記者会見は違った。新規のコラボ特別コレクションを担うデザイナーとして起用されたクレア・ワイト・ケラー(Clare Waight Keller)が来日して会場に姿を見せたが、なんと柳井正・ファーストリテイリング会長兼社長が同席したのだ。当日の朝にひらめいたサプライズだと本人はビジネススマイルを見せてはいたが、グローバルブランドにとって広告塔の切り札でもある彼の登壇は今やレアケースである。「ユニクロ:シー」への期待の表れであることは言うまでもない。

[caption id="attachment_51278" align="alignright" width="840"] クレア・ワイト・ケラー[/caption]

これまでのコラボ特別コレクションを振り返ると、2020年の秋冬(2020年10月情報解禁)に9年ぶりの復活を遂げた「+J(プラス ジェイ)」は、コロナ禍で陥っていたアパレル業界全体の大打撃を回避すべく「ユニクロ」が授かった天啓のような存在だった。天使の涙の3シーズン、2021年秋冬で惜しまれながら終了した「+J」の後釜探しはファッション業界人ならずとも注目のトピックであり、勝田幸宏ファーストリテイリンググループ上席執行役員ら(ざっくり)コラボ担当にとっては至上命題である。海外出張自粛はおろか消費マインドも壊滅的に落ち込んだ2020年4月から2021年9月までの緊急事態宣言下は、結果を出す手段さえ整わず相当の肝を冷やしたに違いない。不謹慎だが、通常のビジネス進行が立ち行かない宣言下の約1年半は海外折衝の実働を棚上げできたインターバルだったという向きもあるが、ファーストリテイリンググループ上席執行役員ともあろう御仁がそんな弱音を吐くわけがないのである。

記憶に新しいひとつ前のコラボ特別コレクションに、2022年5月と12月に発売された「ユニクロ アンド マルニ(UNIQLO and MARNI)」がある。春夏にウィメンズとメンズの両軸で大規模ローンチし、秋冬に至ってはウィメンズのみに規模を縮小。春夏のテスト販売説や売り上げ不振、本丸購入の機会損失などの穿った要因も仄聞したが、柳井会長兼社長が記者会見場で太鼓判を押した「ユニクロ:シー」の盤石なローンチ体制を鑑みるに、当初からフランチェスコ・リッソは短期間のみの中継ぎ契約だった可能性が高い。

加えて、90年代に一世を風靡した「ヘルムート・ラング」とも「マルニ」と同時期に折衝しており、幸か不幸か日の目を見た「UNIQLO and HELMUT LANG」はローンチ時の2022年9月から今もなお継続販売(新規商材なし)という憂き目にある。2004年12月に「プラダ(PRADA)」の完全子会社となったオーストリア発祥ブランドは2005年1月にラング自身がデザイナー職を辞しており、その後も滝沢直己やファッション誌の編集長などをディレクターに迎えるなどテコ入れもされてはいるがかつての勢いは微塵もない。果たして、「ユニクロ」とのビジネス上の結実は「ジーンズ1型・3色展開」のみという白けっぷりで、半ば失敗作と捉えられかねない結果であった。がしかし、コラボ成就について「ゼロか1か」と問われたならば、「ユニクロ アンド ヘルムート・ラング」は確実に「1」なのである。一本釣りのリスク回避策はビジネスでもギャンブルの世界でも王道。ラングは唾を付けたまま、来たるべき時まで温存しておく算段なのかもしれない。

向かって左にワイト・ケラー、右に柳井会長兼社長が横並びしたフォトコールはマルニでもラングでもあり得なかった過保護ぶり。2009年3月の「+J」立ち上げ時にジル・サンダーと柳井会長兼社長が並んだフォトコールを思い起こさせる。大人層に一定の支持を得ていたウィメンズの「ユニクロ×マメ クロゴウチ(Uniqlo and Mame Kurogouchi)」も今秋冬でラストであることが告知されており、特筆すべき新規のコラボ特別コレクションが無毛の環境下で、虎の子ならぬ雌虎の子「ユニクロ:シー」は産声を上げたのだ。

好物であろうノンシャランに熟れ切った女性デザイナーとのツーショットを見て、エモーショナルな質問が思い浮かばない輩は繊維業界記者には向いていない。声色太く絞り出した「コンサルティング契約は長期である」とのワイト・ケラー本人の言質を取るならば、「ユニクロ:シー」を「+J」の後継ブランドとして育てていく覚悟が柳井会長兼社長にはあるらしい。そして当然、ウィメンズのみ34アイテムのフルコレクションを間近で見た取材記者の脳裏には、「メンズがなければ『+J』の後継とは言えないのではないか?」の疑問が思い浮かんだはずである。

この疑問への答えについて、ワイト・ケラーの華麗なる経歴に触れておく必要がある。世間一般における彼女の認知は、「ジバンシィ(GIVENCHY)」時代に手掛けた、サセックス公爵夫人メーガン(メーガン妃)のウエディングドレス(2018年5月19日挙式)に紐づいたものだろう。1970年生まれのワイト・ケラーは、英・セントマーチンズのファッション&テキスタイル科を専攻し、卒業後はロイヤル・カレッジ・オブ・アートでニットウェアの修士号をも取得した才媛だ。ロイヤルカレッジの卒業コレクションを契機に「カルバン・クライン(Calvin Klein)」にスカウトされ、卒業後の4年間勤務。その後、「ラルフ ローレン(Ralph Lauren)」を経て、2000年からトム・フォード時代の「グッチ(GUCCI)」ではシニアデザイナーに就任したが、偉大なデザイナーの補佐役として当時はまだ無名の存在だった。

ブランドのクリエイション全般を任せられるようになる転機は、「プリングル・オブ・スコットランド(Pringle of Scotland)」のクリエイティブディレクターに就任した2005年。その後、2011年にはウィメンズラグジュアリーブランド「クロエ(Chloe)」のクリエイティブディレクターに抜擢され、ブランドの躍進に貢献。2017年に「クロエ」を退任し、同年に「ジバンシィ」のアーティスティックディレクターに就任。2020-21年秋冬コレクションを最後に退任した後、ラグジュアリーやアパレル界隈での新天地が注目されていた。

ワイト・ケラーの「ジバンシィ」退任時、米国人建築家であるフィリップ・ケラーとの間に恵まれた3人の子(双子の娘、息子)は就学児であったことからも、ロイヤルワラント並みの名誉とともに英国王室までお供したデザイナーが3年に渡って主婦業に専念していたとは考えにくい。これは憶測に過ぎないが、復活ローンチの「+J」が情報解禁された2020年10月時点で、サンダーとのコンサルティング契約が短期間になることは半ば織り込み済みであり、その頃からネクスト「+J」としてワイト・ケラーに白羽の矢が立っていたはずなのだ。そして、先のワイト・ケラーと柳井会長兼社長の登壇記者会見で「メンズもやりたい」アピールが飛び出したが、それはいささか勇み足であったはずなのだ。

理由は、ワイト・ケラーのメンズ遍歴である。アシスタントではないデザイン部門のトップのポジションで、「プリングル・オブ・スコットランド」と直近の「ジバンシィ」において、彼女はメンズも手掛けている。2020年春夏(2019年6月)の招聘デザイナーとして注目を浴びた、伊・フィレンツェのメンズ展示会「ピッティ・イマージネ・ウオモ」では「ジバンシィ」のメンズコレクションをランウェイ披露している。退任が公にされたタイミングは2020年4月であり、メンズの旗手としては至極短命。「ジバンシィ」の前に参画していた「クロエ」の立役者と評価される一方、メンズ界では芳しくない評価であることは否めない。

もうひとつ、過去例から「ユニクロ」のコラボ特別コレクションの傾向を分析するならば、起用デザイナーの認知度を含めクリストフ・ルメールとのタッグが今回のケースに近いだろう。「ユニクロ アンド ルメール(UNIQLO AND LEMAIRE)」が発売された2015年10月は、日常着以上の「Lifewear」を望んだ消費者に「シーズン毎のレギュラーコラボ」という意識を植え付けた分水嶺である。当初からウィメンズとメンズのトータルコレクションとして成功した本コラボは、ルメールを「ユニクロの中の人」として囲い込み、パリのデザインセンター長に迎えるという仰天人事に帰結。コラボローンチから1年以内にチーム体制が整われ、2016年10月、名称を「ユニクロ ユー(Uniqlo U)」に一新して再デビューしている。もちろん、ウィメンズとメンズのトータルコレクションのままだ。

その点、「ユニクロ:シー」は言わば「ユニクロ アンド クレア(仮)」を飛び級しているわけで、来春夏からメンズを追加するというヴィジョンは唐突過ぎるのだ。公式リリースには「繊細で柔らかなデザインと色使い、そしてモダンなシルエットに定評があるクレア・ワイト・ケラー。“LifeWear”を鮮やかに昇華させる」などと女性誌で使い回されたキャッチコピーが記されている。「クロエ」で定着した「ウィメンズデザイナー」としての評価はなかなか覆せないのだろう。

一事が万事であるが、ファーストネームを象徴的に使用した「UNIQLO : C」の表記について少々。半角コロンの前後は半角アキ(UNIQLO△:△C)指定で、カナ表記での「ユニクロ:シー」でのコロンは全角指定で半角アキはなし。メディアにはかなり細かい表記指示があり、彼女のロジカルかつ緻密志向な性格が伺える。記者会見でのアドリブで突然、「メンズもやりたい」などと言うはずがないのだ。もしくは、既に柳井会長兼社長の耳に届いていた(そして断られていた)のだ。

事実、「ユニクロ:シー」のジャケットはウィメンズ特有の左前であった。エビデンスに薄いかもしれないが、「ユニクロ ユー」のウィメンズジャケットは(メンズがあるにもかかわらず)メンズと同様の右前なのである。多様性、ダイバーシティマネジメントが盛んに取り沙汰された2016年10月の立ち上がり当初から「ユニクロ ユー」のジャケットの仕様はウィメンズもメンズも変わらない。然り而して、クレア・ワイト・ケラーが手掛ける「ユニクロ:シー」の左前は、「ユニクロ」からの「ウィメンズ縛り」のように思えるのだ。あくまで個人の感想である。

おそらく他に候補がある(いる)のだろう。兎に角、同じ女性デザイナーとして「+J」のスピリットを継ぐためにはメンズが必須であり、不足しているのだ。

掟破りが許されるならば、「ランバン(LANVIN)」の元メンズデザイナーのルカ・オッセンドライバー(Lucas Ossendrijver)との「2人体制」を推しておきたい。彼はアルベール・エルバスが手掛けるウィメンズの聖域を侵さず器用に棲み分けていたバランサーである。しかも昨年夏、ファーストリテイリング傘下の隣人畑「セオリー(Theory)」でカプセルコレクションを発売している。もし念願叶ってクレア・ワイト・ケラーが単独でメンズも手掛け、ジル・サンダーに匹敵する傑物になるならばもはやウルトラCである。

 

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