高橋朗(以下、高橋):アダストリアが掲げている「サステナビリティ経営」とは、企業として果たすべき役割だと私は理解していますが、それを価値としてお客さまに届け、納得してもらうことが大切です。その思いはアダストリア・イノベーションラボの時代から持っていました。
アドアーリンクの役割は、製造・販売というプロセスだけではなく、ファッション産業のサーキュラーエコノミー化を実現するという点です。売った後のタンスの洋服をどうしていくか、役目を果たした洋服をもう一度価値再生できないか、そういったことに目を向けていきます。循環型事業のスコープのなかで新しい顧客接点を作りながら、そこにサービスを足していくようなイメージです。
穂積亜矢子(以下、穂積):5月27日付けで木村治がアダストリアの新社長に就任しますが、社員に向けた所信表明で「知識はたくさんあっても、知恵を絞って新しいことに挑戦していくことが、アダストアがこれからやっていかないといけないことだ」と言っていました。アドアーリンクはまさにそれを体現していて、新しいことを切り開いていき、新しいことに挑戦するブランドを手掛けていきたいと思っています。
SVT:新しい挑戦として、3月に新ブランド「オー・ゼロ・ユー」を立ち上げました。
高橋:これまでのブランドは、どちらかと言えば最初にブランドを差別化することで立ち位置を決めていました。我々は、差別化というより共存です。「オー・ゼロ・ユー」は、排他しないことをコンセプトのなかで大事にしています。循環して円になっていく、あるいは境界線や垣根を越えていく、そういったことをブランドの軸にしました。90年後半からダイバーシティと言われてきて、多様性を尊重することはそうした時代のなかで理解はしましたが、排他性をなくしてどう共存していくかという価値観がこれから大事だと思います。
「オー・ゼロ・ユー」は、できる限り長くご愛用いただくために洋服のアフターリペア対応をしています。そして、着なくなった洋服は回収して、価値ある商品として再生させる循環システムも整えています。そういった取り組みを充実させることで、サーキュラーエコノミーの実現を目指します。デビュー前に開催した展示会では、社員含めて500人を超える方が来場しました。良質なものが手に取りやすい価格で、なおかつサステイナブルなラインアップに高評価をいただき、ブランド哲学に対する手応えを感じました。我々は「Play fashion!」をコーポレートスローガンに掲げていますから、サステナブルなものでも、ワクワクするようなものづくりやブランドコミュニケーションを今後も提供していくつもりです。
SVT:「オー・ゼロ・ユー」の特徴はどういったところでしょうか。
穂積:まず、素材から地球環境に配慮していることです。そして、アダプタブルとインクルーシブの2つをデザインのキーワードにしています。ビッグシルエットが多いのも汎用性を高くするためです。いろいろな方に向けてデザインしているので、服が人に寄り添うような、そういったブランドです。紐で縛る、ボタンで留めるといったような、可変性を持たせることでいろいろな体型に合わせることができます。そして、デザインが可変できることでトレンドっぽく使うこともできますし、ベーシックとして長く使うこともできます。こんなに変化を楽しめるんだと思ってもらえるようなデザインを意識しながら、ひとりひとりに寄り添っているブランドだということを少しでも表現できたらと思っています。
SVT:「オー・ゼロ・ユー」はリアルショップの展開も考えていますか。
高橋:まずやらないといけないと思っているのは、サーキュラーエコノミーやサステナブルをお客さまがリアルに体験できるスペースをつくることです。ちょうどコンセプトとディレクションをつくっているところで、ショールーム、ギャラリーも含めて、コンテンツを楽しんでもらえる場所を探しています。年内には発表ができると思います。
SVT:アドアーリンクは業界の指針になるサステイナビリティ指標をつくりました。
高橋:環境指標があり、商品ごとにロジックをつくって開示しています。業界のスタンダードがないので、そのロジックを我々だけで使うことは想定していません。我々の指標が広まっていくことの方が世の中のためになると思っていますから、「オー・ゼロ・ユー」のコンセプトと同様に排他せず、使いたい方がいれば使っていただくというスタンスでいます。
SVT:サーキュラーエコノミーのヒントを過去から見出すことはありますか。
高橋:意識しているわけではありませんが、日本古来の良さを現代に引き出すことがサーキュラーエコノミーやイノベーションにつながることがあります。例えば、「キッズローブ」は、日本的なおさがり文化をデジタルネイティブに向けて再設定し、マッチングするのがコンセプトです。バーチャル上に大きなタンスがひとつあって、子ども服が必要な方が借りて、要らなくなったら返して、誰かがまた借りるという連鎖をつくりました。「フロムストック」は、不要になった洋服を老舗の染色屋で黒く染めてもらい、再び販売しています。それも着物の時代からあった技術を今の洋服に合わせて価値再生させています。「オー・ゼロ・ユー」でも、巻くとか羽織る、縛るといった、服が人に合わせるプロダクトが多いですが、今でいうアダプタブルで、それも昔から日本にあったものです。
SVT:サーキュラーエコノミーを追求していった先にある本当に良いモノとはどういったものでしょうか。
高橋:「オー・ゼロ・ユー」を立ち上げて思ったことは、サステナブルに共感する人は着実に増えていると感じます。その中でも二酸化炭素の排出量や水の使用量などのトレーサビリティをはっきり開示する行動や姿勢に共感する方が非常に多かったことが印象的です。達成できたこともできなかったことも開示し、顧客やステークホルダーに伝えていくアクションが大切だと実感しましたし、その繰り返しの先に良いモノがあるのだと思います。モノとして存在するだけではもはや価値をなしません。良いモノを追求することは、まるで終わりのない旅のようです。ですが、優れたモノを繰り返し追求していくことで、この終わりのない旅自体もより良くなります。昨日より明日が良くなり、明日よりも明後日が良くなり、1年後がより良くなるといった、その積み重ねです。良いモノを追求していくことが、我々が事業として社会に果たす役割ではないでしょうか。