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そう言えば亡き安倍晋三氏とは三度同じ空間に居合わせた...

Jul 12, 2022.三浦彰Tokyo, JP
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安倍晋三元総理の公式インスタグラムから

7月8日、奈良市で参院選の応援演説をしていた安倍晋三元総理が狙撃されその日のうちに失血死した。1954年9月21日生まれの67歳だった。1954年生まれというと、共産党の志位和夫委員長(7月29日生まれ)、日産自動車元CEOで特別背任罪で裁判中にレバノンに逃亡したカルロス・ゴーン氏(3月9日生まれ)、日本を代表する建築家の隈研吾(8月8日)などが同年に生まれている。同学年ということならオウム真理教教祖で死刑になった麻原彰晃(1955年3月2日生まれ)がいる。その他片岡鶴太郎、石田純一、ルー大柴、プリティ長嶋などお笑い系の人間が意外に多いのもこの1954年生まれの特徴だ。

同年生まれの私がパーティーで安倍晋三氏に初めて会ったのは、2005年12月だ。それはサマンサタバサジャパンリミテッド上場記念(東証マザーズ、現東証グロース)パーティーだった。安倍氏はまだ第3次小泉改造内閣の官房長官に就任したばかりだった。安倍氏の地盤の山口県ではなくサマンサタバサジャパンリミテッドの創業者だった寺田和正社長(当時)の出身地はその隣県の広島県福山市だったが、注目の若手経営者ということでお祝いに駆け付けたのだろうか。短いスピーチをしたがとにかくすごい人気だった。「この方は必ず総理大臣になる」という広島弁が周囲から聞こえて来たのを覚えている。そして翌年には、その予言通り52歳という若さで第1次安倍内閣が誕生した。サマンサタバサジャパンリミテッドはその後経営危機に陥り紳士服チェーンのコナカに買収された。寺田和正氏も表舞台から消えた。

第2次安倍内閣が誕生したのは2012年12月。私が安倍氏を二度目に見かけたのは、銀座6丁目にJ.フロントリテイリング、森ビル、住友商事、L キャタルトン リアルエステートの4社によるGINZA SIXが開業した時のオープン記念パーティーだった。正式オープンが4月20日だから2017年4月19日のことではなかっただろうか。オープンのテープカットに犬猿の仲と言われている首相と都知事がやって来るというのでその写真を取りに出掛けたのだ。銀座の百貨店オープンに都知事はともかく一国の首相が来るものだろうかと思ったのを覚えている。とにかく、こういうパーティーが根っから好きだったようである。

そう言えば、六本木通りから乃木坂トンネルに向かう坂の途中にある出雲大社東京分祠のハス向かいに「鶏匠たけはし」という鶏料理の名店があって、安倍氏はよく利用していたようだ。私はその先にオフィスがあったのだが、黒塗りの車が数台路上駐車していて、さらにSPが10人ほど配置されていたことがあった。人だかりが出来て通行もままならなかった「安倍首相のお気に入りのお店らしい」ということだった。好きなものを食べるためだったらその周辺住人の迷惑を顧みずというのも安倍氏らしい。

参院選は安倍氏の非業の死を悼む同情票も加わって、自民党の勝利に終わった。しかし自民党という惑星系の中心にいた安倍氏の死去で新しい派閥秩序が生まれるまでにはかなりの時間がかかりそうである。

毀誉褒貶が激しかった安倍氏ではあったが、いなくなってみるとその不在は同年生まれの私としてはやはり寂しいものである。一粒の麦、もし死なずばただ一つにてあらん。もし死なば多く実を結ぶべし。合掌。

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