「グッチ(GUCCI)」のクリエイティブ・ディレクターだったアレッサンドロ・ミケーレは、昨年11月に親会社のケリングと「グッチ」の今後をめぐる考え方の違いから辞任したが、その後任が決まった。サバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)というナポリ生まれの39歳のデザイナーだ。デビューコレクションは2023年9月のミラノファッションウィークにおけるウィメンズコレクションになるという。
サルノは、2005年に「プラダ(PRADA)」でキャリアをスタートして、「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce&Gabbana)」を経て、2009年に「ヴァレンティノ(Valentino)」に入社。現在メンズとウィメンズのプレタ・コレクションを統括するファッション・ディレクターの地位にある。なおオートクチュールも含めたトータルなクリエイティブ・ディレクターはピエールパオロ・ピッチョーリだ。
もしアレッサンドロ・ミケーレの「グッチ」のコンセプトをそのまま引き継ぐデザイナーが親会社のケリングのグループにいるとすれば、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」のアーティスティック・ディレクターであるデムナ・ヴァザリア以外にいなかったのではないだろうか。グループ内移動でいいわけだから恐らくかなりの業界関係者やファッション・ジャーナリストはそう期待したのではないだろうか。アヴァンギャルドですらあるカオスな世界をヘタウマ感覚でまとめあげた「ミケーレのグッチ」のコンセプトを後継のクリエイティブ・ディレクターが継承するとすればの話である。ミケーレとデムナにはデザイナーとして通底するものがあるのは多くのファッション・ジャーナリストが認めるところだ。しかし今回のミケーレの辞任の真相を知っていれば、「デムナのグッチ」が実現しないのは明らかだった。
既に「セブツー」の2022年11月25日「誰がミケーレ・グッチを殺したのか?」で書いたが、ミケーレはケリングを率いるピノーファミリーを頂点とする上層部から「グッチ」に関する「方向転換」を要請されていたが、それを蹴って辞任したのではないかと私は推察する。たぶんその方向転換とは「エレガンス・ラグジュアリー&モダン・クラシック」への回帰ということなのだろう。その路線で後任捜しは行われたはずである。「ヴァレンティノ」のプレタ・ディレクターであるサルノはピッタリの人選だったのではないだろうか。ある意味で「ヴァレンティノ」と「ミケーレのグッチ」は対極にあるブランドと言えるのだから。「グッチ」はかなりクリーンでクラシックなエレガンスをベースにしたブランドに転換することになるのではないだろうか。ケリングを率いるピノー・ファミリーはきっと「なんでこんな奇妙奇天烈なデザインが世の中に受け入れられるのだろう?」と「ミケーレのグッチ」のことを不思議に思っていたはずである。「もっとクリーンでクラシカルなエレガント」を求めるピノー・ファミリーはフランスのオートクチュールブランドである「ヴァレンティノ」のプレタ・ディレクターというサルノの肩書きに引かれたはずである。パリのエコール・デ・ボザールで学んだ「ヴァレンティノ」の創業デザイナーヴァレンティノ・ガラヴァーニ(1932年5月11日イタリア・ヴォゲーラ生まれ90歳)のベースはパリ・エレガンスである。
新クリエイティブ・ディレクターのサルノは、いわゆる「傭兵デザイナー」らしく、自分のシグニチャー・ブランドを発表しようなどという大それたことは考えずに、傭兵デザイナーとして「グッチ」コレクションをデザインすることになるだろう。すでに100億ドル(約1兆3000億円、1ドル=130円換算)ブランドの仲間入り寸前と言われる「グッチ」にとって、今回のコンセプト・チェンジは吉と出るか凶と出るか。9月のファーストコレクションが楽しみである。