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誰が「ミケーレ・グッチ」を殺したのか?

Nov 25, 2022.三浦彰Tokyo, JP
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「グッチ(GUCCI)」のクリエイティブ・ディレクターであるアレッサンドロ・ミケーレ(1972年11月25日生まれ50歳)がブランドを去ることになった(既報)。この発表は「グッチ」及びその親会社であるケリングによって11月23日に発表されたが、ファッション界を揺るがす大ニュースになった。ミケーレは2002年に当時クリエイティブ・ディレクターだったトム・フォード率いる「グッチ」のデザインオフィスに加わっているから、ちょうど20年間を「グッチ」に捧げたことになる。

ミケーレが「グッチ」のクリエイティブ・ディレクターに就任したのは2015年。グッチ社CEOだったパトリツィオ・デ・マルコとクリエイティブ・ディレクターのフリーダ・ジャンニーニが恋愛関係になっていることが分かって退社するという大スキャンダルの後を引き受けて2015年1月の2015-16年秋冬メンズコレクションショーを15日間で発表に漕ぎつけたのがミケーレだった。あまりにも整いすぎて無個性になっていたジャンニーニの「グッチ」コレクションに慣れ親しんでいたジャーナリストの中には、その「ジェンダーレス」な「グッチ」のメンズウェアコレクションをフザケていると酷評した者も少なくなかった。このメンズコレクションの数日後にミケーレは「グッチ」のクリエイティブ・ディレクターに任命されるが、従来の基本的にはエレガント・ラグジュアリー&モダン・クラシカルといった路線を一気に壊してオーバー・デコラティブで様々な要素がカオスを形成するような「グッチ」をコレクションで発表し続けた。例えば元プロスノーボーダーで2013年から2014年にかけて「グッチ」のロゴを無許可でストリートに描いて「グッチゴースト」と呼ばれたアーティストのトレバー・アンドリューとのコラボや様々なラグジュアリー・ブランドのロゴを自己流にアレンジしたアイテムを作製・販売していたハーレムの伝説的なショップである「ダッパー・ダン」とのコラボなどでミケーレによる「グッチ」の世界観が明らかになっていった。前述したデビューコレクション以来の「ジェンダーレス」ワールドを含めミケーレが持っているファッション観はかなり革新的だったが、これは従来ラグジュアリーブランドには手を出さなかった若年層の需要を取り込むことにも成功した。一方で新しいモノグラムの「GGマーモント」を創造するなど、「ミケーレ・グッチ」はフリーダ・ジャンニーニ時代に失ったシェアを回復することにも成功した。「ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)」「シャネル(Chanel)」に並んで日本流に言うならば「1兆円ブランド」、さらに「100億ドルブランド」の仲間入りしたのは、ミケーレの功績と言ってよいだろう。

「グッチ」は浮沈の激しいブランドだ。しかし、2人のクリエイティブ・ディレクターによってこの30年間死滅する危機を免れたと言っていい。その一人は、グッチ・ファミリーから瀕死の「グッチ」を買った中東のインベストコープに雇われ「グッチ」再興をなしとげたトム・フォード(「グッチ」入社は1990年。クリエイティブ・ディレクター就任は1994年。2004年に退社)だ。そして、もう一人はトム・フォード退社後に低迷期に入った「グッチ」を2015年からの8年間で立て直したアレッサンドロ・ミケーレである。

トム・フォードの退任は、LVMHの「グッチ」買収を救ったピノー・プランタン・ルドゥート(PPK)のフランソワ・ピノーとその息子の現CEOのフランソワ・アンリ・ピノーとソリが合わなかったためだ。トム・フォードと盟友のドメニコ・デ・ソーレ「グッチ」CEOは、「グッチ」を復興させたのは我々だという自負があったのだが、ピノー親子は、グッチ社の増資した株を買ってやって、LVMHの買収から救ってやったのは我々だと思っていたから、衝突するのは時間の問題だった。

今回の辞任にあたって、ミケーレはこんなことを言っている。「私たち一人ひとりが持つ視点の違いにより、道が別れる時がある」。要するに「グッチ」の親会社であるケリングと「グッチ」の今後に関して、見解が分かれたということなのだろう。

WWDによれば、「グッチ」は2022年第2四半期は前年比+4%、第3四半期は+
9%にとどまっており、ケリングの他のラグジュアリーブランドに比べて伸びの鈍化が指摘され、「デザインにおける方向転換」を求められたが、これにミケーレが応じなかったのが今回の辞任の原因だと言われている。この「方向転換」を考えていたのは、フランソワ・アンリ・ピノーCEOだという。トム・フォードの辞任に続いてまたしてもタイクーン・ピノーの登場である。いかに「グッチ」を死滅の危機から救ったヒーローであるクリエイティブ・ディレクターといえども、親会社のオーナーには勝てない。ファッションビジネスといえども、最終的には資本の論理が優先するのだ。

気になるのはピノーCEOが考える「方向転換」がどんなものかということだ。これは、言うまでもなくエレガンス・ラグジュアリー&モダン・クラシックへの回帰ということなのだろう。私は朝夕六本木ヒルズを通勤で通るのだが、とにかく六本木ヒルズは「グッチ」の広告だらけなのだ。最近の「グッチ」の広告を見ていると、ミケーレ風の遊び心のないクラシックなスタイリングが多くて全然面白くないと思っていた矢先の今回の辞任だった。

いずれにしても2010年代後半のファッション界を席巻した「ミケーレ・グッチ」に終わりが来てしまったのは残念としかいいようがない。しかし考えようによっては、8年間大暴れしたのだからまあ「潮時」と言えるかもしれない。今後「グッチ」がどうなるかよりも、ミケーレの今後がどうなるのかに私は注目している。

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