今年11月、訪日観光客数が約93万人と新型コロナウイルス禍前である2019年同月比で約4割の水準まで回復した。百貨店などのインバウンド売り上げも回復傾向にある。12月にゼロコロナ政策を緩和した中国の動向も気になるところだ。日本におけるインバウンドは、訪日観光客数がピークだった2019年に年間で5000万人を超えたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で翌年には約700万人にまで激減している。こうしたインバウンド市場の浮き沈みの激しさを最前線で見つめてきたのが一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会(以下、JSTO)の新津研一・代表理事だ。
2013年に設立されたJSTOは、訪日観光客をもてなす事業者を支援し、日本のショッピングツーリズムの魅力を世界に発信することを目指している。百貨店や航空会社といった民間企業や業界団体が会員として主体的に協会活動に参加し、官公庁・地方自治体などとも連携して地域活性化と観光立国の実現の一翼を担っている。代表理事である新津氏は、前職の伊勢丹(現三越伊勢丹)で経営戦略や「イセタン羽田ストア」のプロジェクトマネージャーなどを担い、同社のインバウンド戦略に早くから取り組んできた人物として知られている。新津氏はインバウンドの現況をどのように分析しているだろうか。
新津氏は、コロナ禍の3年間でインバウンドの主役が大きく変わったと話す。かつては旺盛な消費意欲で「爆買い」が流行語大賞にもなった中国人観光客が主役であった。しかし、2018年に800万人以上の中国人が来日したが、今年は累計で15万人ほどとほぼ途絶えたままだ。こうした状況は、日本に限らず欧米でも同じだが、ヨーロッパやシンガポールではインバウンド売り上げは2019年比で8~9割まで回復しているという。「海外を見渡すと、中国のお客さまがいなくてもツーリスト売り上げが2019年のピークを超えるところまで回復しているショップやブランドがたくさんあることをまず理解すべきだと思います。例えば、シンガポールでは2019年比の8割に売り上げを戻すのに、4週間しかかかりませんでした。日本でも10月11日に水際対策を緩和してから、2019年の約8割の売り上げをその週に叩き出すショップもありました」と指摘する。
日本国内でも、外国人売り上げが日本人売り上げに匹敵するショップも増えてきており、V字回復しているという。そういった光景を目の当たりにして、「爆買い」が注目されたころと同じような雰囲気を新津氏は感じているという。「国内外問わず、リベンジ消費どころではない鬼気迫る消費の傾向が見られます。ただし、その主役は60歳以上のシニアたちです。シニアたちはコロナ禍の影響で人生の3年が奪われたと強く感じています。会いたかった友人にもう会えないかもしれない、好きなワインを好きな店でもう飲めないかもしれない、そういった思いに迫られました。その奪われた3年を取り戻そうというシニアの貪欲な意欲が今まさに爆発しているわけです。世界中のシニアがやりたいことをやり、行きたいところに行き、食べたいものを食べるという楽しみ方をしています。そういった思いがツーリズム売り上げに繋がっているわけです」と説明し、インバウンドの主役がシニアに交代していると分析する。
ツーリストのマインドも変化しており、コロナ禍をきっかけにマイクロツーリズムが注目された。単に地方に旅行しようというスローガンではなく、自分の街の魅力を再認識し、地域資源の磨き上げや看板となる商品作りを推進する動きだ。「コロナ禍を経て、今後どのように幸せに生きていくか、自分の幸せとはなんだろうかということは、シニアに限らず誰もが考えたことではないでしょうか。それを言葉にすると『ウェルビーイング』です。『ウェルビーイング』を考えた時、生きている意味、日本で暮らしている意味はなにかと思う気持ちがローカルの力やブランドストーリーに帰結しているのだと思います。アルファベットを羅列しているだけのブランドはもう売れません。クラフトマンプライドが強い、ダイバーシティに強い、サステナブルを徹底している、というような裏側のストーリーに共感してもらうことがより深い消費につながるのではないでしょうか」と新津氏は語る。
「インバウンド需要が減少すると、国内のあらゆる産業がダメになります。経済効果として大きなインパクトがあるため、インバウンドに再び注目が集まっていますが、訪日ゲストを歓迎したいという気持ちからビジネスを始めなければ絶対に失敗するでしょう。そのような気持ちでインバウンドに取り組んで欲しい」という。この3年間で大きな経済的痛みを負ってしまったインバウンド業界だが、新たな主役たちの気持ちを理解し、ニーズを汲み取ることが今後さらに重要になってくるだろう。インバウンド業界の今後の動向に注目したい。