「毛染めアレルギー」と聞いて、すぐにピンとくる人はどれほどいるでしょうか。実際、繰り返し毛染めをしてきた人が突然、アレルギー症状に見舞われるようになり、皮膚科に駆け込んでくるケースは珍しくありません。例えば、「染めると頭皮が痒くなるけど、次に染める頃には落ち着く」とごまかしながら染め続け、最近は染めるたびにどんどん症状が強くなってきている、という人。これは単なる「荒れ」ではなく、すでにアレルギーが発症している可能性があります。
アレルギーの発症は「コップが溢れる」と例えられることがあります。とても大まかな例えではありますが、コップの水が少しずつ溜まっていってある時ふと溢れ出るように、それまでは長い間大丈夫だったのにある時に物質へのアレルギーが起こるようになることを例えています。接したことの無い人を嫌いになることは少ないですよね?何度も会ううちにだんだん嫌いが強くなり、ある時「もう絶対に無理!」となる。アレルギーはこれに少し似ているかもしれません。「繰り返し接しているうちに嫌いになる」、つまり「繰り返し物質に接するうちにアレルギーを引き起こす」というイメージです。
毛染めに使われる「ジアミン系」と呼ばれる酸化染料は、アレルゲン(アレルギーの原因物質)になりやすいことで知られています。若い世代でも、ジアミンを含むカラーリングを繰り返せば、いずれアレルギーを発症する可能性が高くなっていきます。
◆「ちょっとかゆい」から始まる全身症状
毛染めアレルギーが怖いのは、症状が頭皮などの皮膚だけにとどまらない点です。耳や顔の腫れ、蕁麻疹、ひどい場合には意識を失うような重篤なアレルギー反応(アナフィラキシー)に発展することも。食物アレルギーのように体内に摂取して起きるアレルギーと違って、金属や化粧品など皮膚に触れて起きるアレルギーでは、ここまで重篤なアレルギー反応が起きることは稀です。これが毛染めアレルギーの特殊さでもあり、「皮膚が荒れるだけならいいか」などと見過ごすことができない点なのです。
白髪染めが長年の習慣となっている人にとっては、「まだ白髪を受け入れられない」と染めることをつい優先しがち。しかし、「頭皮に付かないように気をつけている」「期間を空けているから大丈夫」という認識は、危険です。食物アレルギーの人に「少しなら食べても大丈夫」とは言えないのと同じように、毛染めアレルギーも発症しているなら“やめるしかない”の一択です。
◆アレルギーをできる限り避ける選択肢
それでも染めたい人へ、選択肢はあります。まずは「ヘアマニキュア」です。ヘアマニキュアは髪を内部から染めるのではなく、表面に色を“乗せる”もの。ジアミン系染料を使わない製品が主流です。ただし毛染めと比べて長持ちしない傾向にあります。そして、取り扱いは多くはありませんが、ジアミン系染料が含まれない“ジアミンフリー”の毛染め剤を導入している美容室もあります。お近くの美容室に取り扱いがあるか確認してみてください。
また、肌に優しいイメージの毛染めとして植物成分のヘナ染めがありますが、このヘナ染めには実は落とし穴があります。ヘナ染めの製品にもジアミンが含まれているのです。ヘナ100%の製品は実は少なく、多くのヘナ染めを謳う製品にもジアミンが使われているので、成分表示の確認は必須です。
◆グレイヘアという選択肢
しかし私があえて提案したいもう一つの選択肢があります。それはグレイヘアです。毛染めでアレルギーを発症したことをきっかけに自然な髪色に切り替える方もいますが、最近はウェルエイジングの一環としてグレイヘアをポジティブに捉える考え方が広がっています。黒髪と比べて、グレイヘアではより明るい華やかな色の服やアクセサリーも映えます。グレイヘアをスタイリッシュに魅せることは、ファッション魂も燃えるのではないでしょうか。
と言う私自身は、カラーリング未経験です。アラフィフであることを考えると、体質的に白髪になりにくいようです。今後白髪が増えてきた時に自分がどう感じてどの選択をするか、正直分かりません。まだ想像できていない未来だからこそ、スタイリッシュなグレイヘアの先輩たちを参考にしたいと思っています。どんどん増えろ、グレイヘア!
◆健康な髪と頭皮のためにできること
毛染めによるトラブルを繰り返す方には、できる限り毛染め以外の選択肢の検討をお伝えしています。髪色へのこだわりももちろん理解しますが、髪色のオシャレは、健康な髪と頭皮があってこそ。髪や頭皮のダメージは、髪のボリューム減少にも繋がります。若い頃ならともかくある程度の年齢を超えてからのダメージが積み重なった頭皮は、簡単には回復しません。皮膚科医としては、何よりも皮膚の健康を優先してほしいと思います。
健康な髪と頭皮を守るためには、毛染め剤や強い洗浄料などの刺激、強い紫外線などのダメージを避けることが大切です。そして私は日々欠かさず「頭皮マッサージ」も意識しています。シャンプーの際、指の摩擦に気をつけつつもしっかりとマッサージをして血流を促すようにしています。
また最近は、洗浄料を使わない“湯シャン”という方法も聞きますが、私はあまりお勧めしません。頭皮は毛穴が多く皮脂が多い部位。湯シャンでは皮脂の汚れを十分に落とせないため、皮膚の常在菌のバランスが崩れやすく皮膚のトラブルの元になりがちです。過剰に洗いすぎもいけませんが、皮脂が多くかつ毛髪で蒸れやすい頭皮は清潔に保つことが大切です。
◆最後に
基本的に黒髪である日本人にとって、髪の色は見た目の若々しさに直結するため、時に髪と頭皮のダメージそのものよりも髪の色を重要視されがちです。しかし若々しさを保ちたいからこそ、「染める」前に、「染め続けても大丈夫か?」を見つめ直してみませんか。毛染めは、気づかぬうちに「コップに水を注いでいく行為」かもしれません。アレルギーという形であふれ出す前に、できる限りの対策をしておきたいものです。
さて、今回の「彩肌通信」はいかがでしたでしょうか。今後も『彩肌通信』では、皮膚科医ならではの視点で、無理なくキレイを楽しむヒントをお届けしていきます。
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■横井彩 プロフィール
「日本橋いろどり皮ふ科クリニック」院長。皮膚科専門医、医学博士。2003年に秋田大学医学部を卒業した後、同大学皮膚科で研鑽。2017年藤田医科大学アレルギー科にて講師。2021年に「日本橋いろどり皮ふ科クリニック」を開院。日本美容皮膚科学会や日本香粧品学会などに所属。