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ハースト婦人画報社ニコラ・フロケ社長が考えるこれからのビジネスモデルとは

Aug 30, 2018.高村 学Tokyo, JP
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写真:今江寿之

出版取次最大手の日本出版販売が1949年の創業以来初となる赤字に転落し、出版不況がより一層顕著になるなか、昨年実績において「すべての事業で黒字」を達成しているのが、「ELLE Japon」や「25ans」「婦人画報」「Harper's Bazaar」等を発行するハースト婦人画報社だ。同社は、1905年に国木田独歩により創刊された雑誌「婦人画報」の発行を祖業とし、2011年にはニューヨークを本拠地とするアメリカ最大規模のメディア・コングロマリット「Hearst(ハースト)」の傘下になり、和と洋が融合する世界的に見ても稀有な出版社だ。

同社の収益力の礎となるのは、まずなんといっても世界的な知名度を誇る「ELLE」を始めとする雑誌のブランド力とラグジュアリー・ブランドからも高い信頼を得ている編集力であろう。4月27日に代表取締役社長に就任したニコラ・フロケ(Nicolas Floquet)氏は、この2つの力をさらに強化しながら、デジタル戦略とCRM(顧客管理関係:Customer Relationship Management)戦略を迅速に推し進めていく考えだ。

多くの出版社が業態変容を迫られる中、同社は出版社から"雑誌も発行するデジタルパブリッシャー”へといち早く紙媒体以外に様々なプラットフォームにコンテンツを提供してきた。GoogleアシスタントやAmazon Alexaに対応した音声コンテンツのサービスも開始し、女性たちを支援することを目的とした社会貢献活動にも積極的に取り組む。"One Hearst”をキーワードに、"360°戦略”を掲げるニコラ・フロケ社長に話を聞いた。

SVT:フロケ社長から見たハースト婦人画報社とはどのような出版社でしょうか?
フロケ:まず、「かつては出版社であった」という言い方が今は正しいかもしれません。私が入社した14年前は、確かに紙媒体からの収益が99%の純然たる出版社でしたが、これから先はデジタル中心の時代になるという確信がその時すでにありました。ですから、2006年にイヴ・ブゴン前社長と当時のCOOと私の3人で、完全にデジタルを中心にした戦略を構築しまして、社内外に発表しました。

紙媒体はひとつのプラットフォームとして非常に重要ですが、読者が触れるデバイスが増えていますからそれに合わせて様々なプラットフォームを通じてコンテンツを提供しています。そうすることで、タッチポイントを増やしていっているわけです。イベントやEコマースもそのひとつです。今年は音声コンテンツのサービスにも進出しました。あらゆる媒体を通してコンテンツを流通させる、これが私どもが掲げる360°戦略です。ですから、現在の当社は「雑誌も発行するデジタルパブリッシャー」あるいは「マルチメディア・カンパニー」だと捉えています。

SVT:では、マルチメディア・カンパニーとして、競合はどういった企業を想定していますか?
フロケ:雑誌であれば、どこが競合かはっきりしています。当社の媒体は各セグメントのリーダーを自負していますから、競合相手はとてもわかりやすいです。ただ、デジタルとなるとどこを競合と捉えるかはなかなか難しいですね。広告の観点から考えると、GoogleやFacebookといった大きなプラットフォームが競合になるかと思いますが、例えばInstagramは競合でもありパートナーでもあります。アメリカ本社は、数あるSNSのなかでも特にInstagramとの取組を強化していますね。こうした関係性は今までにはなかったもので、とても不思議な時代になったなと思います。

SVT:2015年に講談社と販売業務における提携を結ばれましたが、これもまた競合でありパートナーの関係になりますね?
フロケ:そうです。この提携には2つの理由がありました。まず、講談社の強力な流通インフラを活用し、当社の質の高いコンテンツを多くの読者に効率的に届ける体制を構築することです。もうひとつは、合同キャンペーンを仕掛けるなどして、書店の店頭販売の活性化を図るなど、相乗効果を生み出すことでした。また、この提携によって当社のデジタル事業を拡大するためにいくつかあった課題に集中することができました。リソースも限られていましたから、販売業務は得意なところにお任せして相乗効果を出していこうと考えました。この提携関係はとても順調な形で続いています。

SVT:就任後すぐにコマース本部をCRM事業本部と改称し組織改革を行いました。デジタル戦略と合わせてCRM戦略も加速させていく考えによるものでしょうか?
フロケ:名称を変えることで、CRM戦略をさらに加速させていくというスピリットを示しました。まず、2009年に私が「ELLE SHOP」を立ち上げた時、2つの目標がありました。ひとつはデジタル分野で新しい収益の柱を作ることです。「ELLE」のサイトには当時から非常に多くのトラフィックがありましたが、広告だけではなく他の形でも収益を作りたいと考えました。これが、「ELLE」ブランドを使用したEコマースビジネスです。もうひとつは、データ関連のビジネスを最大化していくことです。Eコマースを成功させるためにもCRMは大変重要です。4年前から「ELLE SHOP」は利益を出し始め安定してきており、すでに次の段階に入っています。私どもは、顧客データを持っています。どういった購買履歴があるか、あるいはどのような趣味志向があるか、私どもはこのデータを分析することで、ニーズを先読みし、新しい商品を提案することまで可能です。ですから、広告主に対してメディアスペースを提供し、同時にイベントや分析データなどが提供できることは私どもにとって非常に大きな強みになっていくでしょう。

SVT:メディアの数を増やすことは考えていますか?
フロケ:もちろん。企業として前進していくためには当然のことです。昨年5月には「Women’s Health」をローンチし、今年10月にはカリーヌ・ロワトフェルドが手掛ける「CRファッションブック」をローンチします。自らブランドを立ち上げるかあるいは本国ブランドの日本版をローンチするか、やり方はいろいろとありますが、これまでは年に1つもしくは2つのメディアをローンチしてきましたので、今後もそれくらいのペースを考えています。

SVT:日本ではどちらかというと経営改善を目的としてメディアを休刊させることが増えています
フロケ:おかげさまで当社の事業はすべて黒字なので、そういった心配がありません。今後はこれまで当社にはなかった新しいセグメントを開拓したいと思っています。

SVT:広告主から雑誌離れを感じることはありますか?
フロケ:当社はラグジュアリー系の広告主が多いのですが、日本ではまだそういったブランドの雑誌離れは少ないと思います。他のセグメントは違うかもしれませんが、ラグジュアリーにおいては紙はまだまだ強いプラットフォームだと思います。当社も、雑誌媒体は昨年までは毎年プラス成長していましたし、まだまだ強いと感じています。もちろん広告主からデジタル領域でどういったサポートができるかといった質問や依頼は多く受けていますが、雑誌離れはあまりないと思います。面白いことに、デジタル領域でのサポートや提案が増えれば増えるほど、リアルイベントの要望やニーズが増えてきます。ですから、4,5年前からイベント案件はずっと増え続けていますね。

SVT:雑誌媒体の収益が安定している、そこが強みのひとつですね?
フロケ:ブランド力と編集力ですね。これは当社の強みとして変わらないことです。

SVT:社会貢献活動も積極的です
フロケ:働く女性たちを応援するイベント「ELLE WOMEN in SOCIETY(エル・ウーマン・イン・ソサエティ)」は5年にわたり開催しています。今年6月からは、「ELLE SOLIDARITE MODE JAPAN(エル・ソリダリテ・モード・ジャパン)」を日本で初めて開催しています。これはファッションの教育機会を提供することを通じて女性の社会進出を支援するプロジェクトです。
欧米と比べると、社会貢献に対する意識は、日本は少し遅れているかもしれません。企業にも責任があると思っていますので、私どもも媒体を通してなぜこうした活動が大事なのか読者に少しずつ説明をしていく機会を設けています。媒体によって違う視点、違う手法で表現していいと思いますし、もっと深みのあるプロジェクトにしていきたいですね。昨年も世界中でいろいろなトピックスがありましたが、今後もポジティブな形で発信していきたいと思っています。

SVT:フロケ社長にとってメディアビジネスの最大の面白さ、やりがいはどういったことでしょうか?
フロケ:メディアは本当に特別なビジネスだと感じています。いろいろな意味で"普通の商品”を扱っているわけではありません。とてもユニークなコンテンツが集まったメディアを手掛けることは非常に刺激的であり、一方で多くの方たちに影響をもたらすものでもありますからその責任感を自覚できるところにやりがいを感じています。また、当社のスタッフは自分の仕事に対して情熱的です。ファッションが大好き、食が大好き、デザインに詳しい、着物に詳しい、同じ会社でいろいろなプロフィールを持ったスタッフが集まり、しかも幅広い。そしてパッションを持って仕事に向き合っています。私は、それを非常に嬉しく思っています。

プロフィール:
ニコラ・フロケ
株式会社ハースト婦人画報社および株式会社ハースト・デジタル・ジャパン 代表取締役社長
1974年フランス生まれ。1995年、コネチカット州立大学のMBAを修了。ベネズエラとフランスでのプロジェクトなどに従事した後、2002年に来日しアパレル企業に勤務。2004年、アシェット婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社。CFOを経て2012年3月に取締役副社長に就任。2018年4月より現職。

 

  • 高村 学

    高村 学

    株式会社Minimal 代表取締役/SEVENTIE TWO パブリッシング・ディレクター

    取材時、新たに17人分もの人員を募集していたが、すべてデジタル領域のポジションだ。デジタル関連のチームを強化していき、デジタルパブリッシャーへと着実に変容していくためのニコラ・フロケ社長の戦略の一手がこうしたことからも伺える。GAFAと呼ばれる巨大IT企業のGoogle、Amazon、Facebook、Appleの4社とすでに様々な取組を実施し、アメリカ本社をベンチマークとしながら、他の出版社とは全く異なるデジタル戦略をスピーディに推し進めていく。

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