
株主総会の世界には、企業が必ず見ている「レーダー」がある。自社株を誰が買っているのかを探る仕組みだ。そのレーダーの役割を担ってきた企業の一つが、アイ・アールジャパンホールディングスである。
今日報じられたニュースで一番困るのは三井住友ではない。むしろ、日本の上場企業の株式担当だろう。まだ大きく報じられてはいないが、株主総会の実務に関わる人たちにとっては、かなり大きなニュースだからだ。
アイ・アールジャパンに何が起こったか。三井住友フィナンシャルグループ傘下のSMBC信託銀行が、アイ・アールジャパンとの業務提携解消を検討していると報じられた。
理由は、不祥事だ。アイ・アールジャパンでは元副社長のインサイダー取引事件などが起き、2023年に金融商品取引法違反で有罪が確定している。企業の株主対応という極めてセンシティブな分野だけに、金融機関として距離を置く判断を考えているのだろう。
だが、このニュースの本当の意味はそこではない。実は、日本企業の多くは「自分の企業の株を買っている世界の株主」を自分で見ていないからだ。海外の投資家の多くは、カストディアン銀行という仕組みを使って株式を保有している。株式や債券を保管管理する銀行だ。実際の投資家の名前はその奥にあり、企業からは直接見えない。
例えば、トヨタやソニーの株主名簿を見ると、大株主の欄には海外の銀行の名前が並んでいる。つまり企業の株主名簿には、投資家の名前ではなく銀行の名前が並ぶ。
よく株主名簿に出てくるのは、ステートストリートバンク、バンクオブニューヨークメロン、JPモルガンチェース銀行、HSBC銀行といった顔ぶれだ。
企業から見ると、株主の正体は銀行の奥に隠れている。その実質株主を探す作業をしてきたのがアイ・アールジャパンだった。どのファンドが株を買っているのか、どの株主が議決権を持っているのか、どの株主がアクティビストなのか。そうした情報を分析し、企業の株主総会戦略を支える。いわば「世界の株主レーダー」である。
だが、このレーダーを外すことを検討しているのが三井住友だ。問題はここからだ。もしアイ・アールジャパンの役割が弱くなれば、日本企業はどうやって株主を探すのか。答えは簡単ではない。この機能を持つ会社は日本にはほとんどないからだ。結局、証券会社を通じて調査するしかない。だがそれは手間も時間もかかる。
むしろ大変なのは証券会社かもしれない。株主の特定、海外ファンドとの接触、議決権戦略。これまでアイ・アールジャパンが担ってきた役割を金融機関が引き受ける可能性も出てくる。
もっとも、現実は少し違う展開になるかもしれない。メディアもほとんど取り上げていない。だから多くの企業は、当面そのままアイ・アールジャパンを使い続ける可能性もある。
株主分析の仕事は簡単に代替できない。この分野を担える会社は、日本ではほとんどないからだ。不祥事は不祥事として受け止める。だが株主総会の実務は続く。企業はそうやって現実的な判断をするかもしれない。
一方で、別の見方もある。企業が株主を把握しにくくなるということは、逆に言えばアクティビストは動きやすくなる可能性もある。株主総会の戦いは、総会当日に始まるわけではない。もっと前から始まっている。株主名簿の分析、議決権の読み合い、株主への接触、その準備戦がすべてなのだ。
その意味で今回のニュースは、日本企業の株主戦略に小さな空白を作る可能性がある。自分の株の真上で企業とファンドが戦っている。私たちは、その空中戦を静かに見上げているだけだ。だが、その戦いが株価を決める。
プロフィール:いづも巳之助
プライム上場企業元役員として、マーケ、デジタル事業、株式担当などを歴任。現在は、中小企業の営業部門取締役。15年前からムリをしない、のんびりとした分散投資を手がけ、保有株式30銘柄で、評価額約1億円。主に生活関連の流通株を得意とする。たまに神社仏閣への祈祷、占い、風水など神頼み!の方法で、保有株高騰を願うフツー感覚の個人投資家。







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