2020年を振り返って原稿を書いているが、ファッションモデルのステラ・テナント(Stella Tennant)の訃報が届いた。1970年12月17日生まれで亡くなったのは12月22日だから、50歳になったばかりだった。1990年代のスーパーモデル・ブームの一翼を担ったイギリスのモデルだ。貴族出身でそのノーブルな顔立ちとムードが愛されて、「シャネル(Chanel)」「ヴェルサーチ(Versace)」「ヴァレンティノ(Valentino)」では常連だった。特に「シャネル」のカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)には重用されていた。フランス人カメラマンと結婚して4人の子供を出産後もモデルの仕事をしていた。もう1990年代のスーパーモデル・ブームといってもピンと来ない読者が多いかもしれない。1980年代に燃え上がったボディコンスタイルなどのファッション業界の最後の炎とでも言うべき「祭」が終わった後に、大きなテーマを失ったファッション業界が作り上げたもうひとつの「神話」がスーパーモデル・ブームだった。今となっては、「スーパーモデル伝説」ではあるのだけれども、その一人であるステラ・テナントがわずか50歳で逝ったというのは私のようなオールドタイマーには本当に悲しい出来事である。
2020年の点鬼簿を振り返ると、なんといっても2人の日本人デザイナーの死去が思い出される。一人は、81歳で新型コロナウイルス 感染による合併症で亡くなった高田賢三(1939,2.27~2020.10.4)だ。世界的に認められた日本人デザイナーは、高田賢三の他にも三宅一生、川久保玲、山本耀司などがいるけれども、本当の意味で世界に認められた「ブランド」ということになるとこの「KENZO」が唯一ということになるかもしれない。創業デザイナーの高田賢三がその商標を1993年にLVMHに売却し、そして2020年の創業デザイナーの死去によって、まさに「KENZO」はラグジュアリーブランドの仲間入りを果たしたと言っていいのだろう。創業デザイナーの死によって、ラグジュアリーブランドは真の歩みを始めるのである。
2020年に亡くなったファッションデザイナーにはもうひとり山本寛斎(1944.2.8~2020.7.21)がいる。享年76。1971年に日本人として初めてロンドンでファッションショーを開催するなど、海外市場に挑戦したパイオニアと言っていいのだろうが、ファッションビジネスでは行き詰まって、それがもともと本人がやりたい道だったのかもしれないが、イベントプロデューサーとして活路を求めていた。
デザイナーブランドのビジネスとしての難しさを感じさせた高田賢三と山本寛斎の2人が2020年に奇しくも亡くなったということだ。
その山本寛斎とは、異母弟になる伊勢谷友介(44)が、大麻取締法違反で9月8日に逮捕された。伊勢谷はファッションモデルとしても活躍したマルチタレントだ。薬物に関する事件は相変わらず多かったが、伊勢谷の場合は、ちょっと確信犯という感じがしないでもなかった。
最近では、今最も人気のあるストリートブランドと言っていい「シュプリーム(Supreme)」を日本で販売している株式会社Supremeの代表取締役である大村健一容疑者(52)が12月16日に覚醒剤取締法違反の疑いで現行犯逮捕された。ファッション業界はそうした薬物との接触機会も多く、常にそうした犯罪と隣り合わせになっているとも言える。新型コロナウイルスの感染拡大が引き金になってモラル崩壊につながると、ファッション業界の存続さえ危うくしかねないということを肝に命ずるべきだろう。
「モラル崩壊」と言えば、今年は様々な形で不祥事が露見した。
一番ショッキングだったのはストライプインターナショナル(旧クロスカンパニー)の創業者の石川康晴・前社長(50)の社内セクハラ事件だろう。これにより石川氏は社長を3月6日に辞任した。同社は、クロスカンパニー時代の2009年には社員が過労死するという事件も起こしている。石川氏は内閣府男女共同参画会議の議員にも選ばれるなど若手実業家として注目された人物だったが、今回の不祥事でその「裏の顔」が露見してしまった。
さらに、「金」をめぐる不祥事も今年はあった。まずサザビーリーグの創業者の鈴木陸三取締役の約130億円の脱税だ。これにより鈴木氏は4月2日に同社取締役を辞任している。さらに鈴木陸三氏の片腕とも言える同社の森正督・会長が代表を務める資産管理会社にも同社株売却益をめぐる約80億円の申告漏れが東京国税局から指摘されていた。鈴木、森の両氏は東京国税局に不服申請を行なっているようだ。
さらに「金」がらみの業界大物の逮捕も年末には出た。ディスカウント・ショップ大手「ドン・キホーテ」を運営するパン・パシフィック・インターナショナルHDの大原孝治前社長(57)が12月3日に東京特捜部に逮捕されたのだ。流通大手のユニー・ファミリーマートHDは2018年10月にTOBを実施し、ドンキをグループ会社にしたが、大原はその計画が公表される前の9月に、知人男性に自社株を買うように勧めたのがその容疑。知人男性は当時のパン・パシフィック・インターナショナルHDの株を7万6500株、金額にして約4億3000万円相当を買って、数千万円の利益を得たという。これは金融商品取引法の取引推奨に抵触したれっきとした犯罪行為である。上場企業のトップとしてあるまじき犯罪である。上場するとはどういうことなのかを知らずに上場する企業が多過ぎる。同社では上場の概念までディスカウントしているのか。
以上、「クスリ」「セクハラ」「金銭」の三つの項目での不祥事を振り返ったが、コロナ・パンデミックという「第二次世界大戦後最大の危機」の中で、まずしっかりしなければならないのが、基本中の基本であるモラルの徹底である。
一国の総理大臣が国会で平気で嘘をつくような国家で「モラルの徹底」はなかなか言い難いことであるが、いずれその貫徹はプラスになって我が身に還ってくることを知るべきであろう。